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京都地方裁判所 昭和57年(ワ)1012号 判決

原告 株式会社 住宅総合センター

右代表者代表取締役 梅野正夫

右訴訟代理人弁護士 松本俊正

右復代理人弁護士 松本裕子

被告 堤熊雄

〈ほか一名〉

右両名訴訟代理人弁護士 小松誠

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

(請求の趣旨)

一  原告に対し、被告堤熊雄は金一〇五〇万円、被告石原武博は金五〇万円および右各金員に対する訴状送達の翌日から右支払済に至るまで年六分の割合による金員を各支払え。

二  訴訟費用は被告らの負担とする。

(請求の趣旨に対する答弁)

主文同旨。

(請求原因)

一  原告は不動産の売買、売買の仲介等を業とするものである。

二  原告は被告らとの間で、昭和五五年一〇月二四日次のとおり売買契約を締結した(以下本件各売買契約という)。

1  被告堤熊雄(以下被告堤という)は原告に対し、別紙物件目録記載(一)の土地(以下(一)の土地という)を代金一億一二二五万円で売渡す。

2  被告堤と被告石原武博(以下被告石原という)は、被告両名の共有にかかる別紙物件目録記載(二)、(三)の土地(以下(二)、(三)の土地という)の各共有持分をそれぞれ代金四〇〇万七五〇〇円で売渡す。

三  原告は右同日、手付金として被告堤に対して、(一)の土地分として金一〇〇〇万円、(二)、(三)の土地分として金五〇万円を、被告石原に対して、(二)、(三)の土地分として金五〇万円をそれぞれ支払った。

四  ところが、本件各売買契約には要素の錯誤があり、無効である。すなわち、

1(一)  原告は、(一)ないし(三)の各土地(以下本件各土地という)については文化財保護法による規制がなく、買受け後直ちに宅地造成工事を行い分譲住宅を建てることができることを前提としてその旨信じて本件各売買契約を締結したものである。

(二)  しかるに本件各土地は、「鳥羽離宮跡」と「鳥羽遺跡」が重畳的に存する広汎な地域の一画に存する土地で、文化財保護法にいう「周知の埋蔵文化財包蔵地」に該当するものである。

(三)  原告と被告らは、原告が本件各土地買受後直ちに宅地造成工事を行い分譲住宅を建てるという目的で本件売買契約を締結したものであるから、本件売買契約締結当時本件各土地が右「周知の埋蔵文化財包蔵地」に該当することが判っていれば原告は本件各売買契約を締結しなかった。

2(一)  被告らは、本件各売買契約の取引期日までに、(一)の土地の地目を「田」から「宅地」に変更する旨約束し、原告は右期日までに地目変更が完了されるものと信じていた。

(二)  ところが、被告らは、被告側においては地目変更の問題については農地法上の届出手続を結了していればよく、地目変更までは義務として負担すべきものではないと主張し取引期日までには地目変更は完了しなかった。

(三)  原告は不動産業者であり、本件各土地を商品化することを目的として購入するものであり、当然その購入代金は銀行からの借入金で決済し、従って取引期日において名義移転と同時に担保設定が行われることは予想されるところであり、取引期日までに地目変更が完了されていなければ、銀行からの借入の実行更には売買代金の支払いも不能となることは明らかであるから、原告は右地目変更が取引期日までになされないことがわかっていれば本件各売買契約を締結しなかったのでこの点に関する原告、被告ら双方の意思内容の齟齬は重大な要素の錯誤となる。

五  仮に本件各売買契約が有効であるとしても、本件各土地には「隠れた瑕疵」が存するので、本件各売買契約は解除された。すなわち、

1  本件各土地は前記四項の1の(二)記載のとおり「周知の埋蔵文化財包蔵地」に該当し、文化財保護法による規制を受けるものである。

2  原告は被告らに対し、昭和五六年一月三一日到達の書面で、本件各売買契約を解除する旨の通知をした。

(請求原因に対する答弁)

一  請求原因一ないし三項の各事実は認める。

二1  同四項の1の(一)、(三)の事実は否認。(二)の事実は認める。

2  同項の2の(一)、(三)の事実は否認。同(二)の事実は認める。

三  同五項の1、2の各事実は認める。

(抗弁)

一  錯誤の主張に対し

仮に本件各売買契約に要素の錯誤があったりしても、原告は不動産の売買を業とする不業産業者であり、文化財保護法上の規制が本件土地についてあるかどうかは契約締結にあたり自ら調査すべきで、原告には重大な過失がある。

二  隠れたる瑕疵の主張に対して

仮に本件各土地が文化財保護法上の規制を受けることをもって隠れたる瑕疵に該当するとしても、

1  本件各売買契約はその目的を達することができる。すなわち、本件各土地を土木工事等により発掘する場合には文化財保護法五七条の二にもとづく届出を要するが、届出を要するのは土地を発掘することによって埋蔵文化財の保存に影響を及ぼすような場合で、深い基礎工事を必要としない木造住宅の建築やあるいは土地の掘削を伴わないガレージにするような行為は届出の対象にもならない。

2  又、原告は不動産業者であるから、文化財保護法のことを知らなかったとすれば、それは原告の過失である。

(抗弁に対する答弁)

一 抗弁一項の、原告に重大な過失があったとの事実は否認する。

二1 同二項の1の本件各売買契約がその目的を達することができるとの事実は否認する。原告は本件各土地を買受け直ちに宅地造成工事を行なって分譲住宅を建てる目的で買受けたもので、被告らは原告に対し右目的に沿う所有権を提供することを約したものであり、従って、売買代金その他の契約条件は全て本件各土地が右目的にかなう土地であることを前提に協議決定されたものである。

2 同項の2の原告に過失があったとの事実は否認する。

理由

一  請求原因一ないし三項の各事実は当事者間に争いがない。

二  請求原因四項の要素の錯誤の主張について判断する。

1  《証拠省略》によれば、同項の1の(一)の事実を認めることができ、同項の1の(二)の事実については当事者間に争いがないが、同項の1の(三)の事実を認めるに足りる証拠はない。すなわち、《証拠省略》によれば、原告は一〇年以上の経験を有する不動産売買等の取引業者であること、原告代表者は本件各土地が文化財保護法による規制を受ける事実を本件各売買契約締結後の昭和五五年一二月末ころに知ったにもかかわらず、本件各売買契約の最終取引日である昭和五六年一月二四日までに本件各売買契約の解消あるいは条件変更について何ら具体的な行動をとっていないこと、かえって銀行からの融資手続をすすめていた旨供述していること、原告代表者は本件各売買契約以前にも文化財保護法による規制を受ける土地の取引の経験があったこと、原告は昭和五六年一月三〇日付で被告堤宛内容証明郵便を送り手付金の倍返しを請求しているが、右書面には文化財保護法による規制については何も触れていないこと、以上の各事実が認められることに加え、後記のとおり文化財保護法による規制を受ける土地であっても右規制が建売住宅建築の目的達成に必然的に障碍とはならないことからすると、《証拠省略》中の、本件売買契約当時本件各土地が文化財保護法にいう「周知の埋蔵文化財包蔵地」に該当することが判明していれば原告は本件各売買契約を締結しなかった旨の供述部分は到底信用できず、他に右事実を認めるに足りる証拠はない。

2  次に同項の2の事実について検討するに、同項の2の(二)の事実は当事者間に争いがないが、同項の2の(一)、(三)の各事実を認めるに足りる証拠はない。すなわち、《証拠省略》によれば、本件各売買契約の契約書には地目変更に関する約定は一切ないこと、本件各土地は市街化区域内にあり、農地の転用は農地法五条一項三号の規定による届出で足りること、本件各土地を金融機関に担保に供するのには農地から宅地への地目変更登記が完了していなければ不可能であるとはいえないこと、等の事実が認められるのであって、通常不動産の取引にあっては当該物件につき抵当権等の所有権の自由な行使を阻害する負担がある場合はこれらの抹消等を売主が最終取引期日までに完了しておくのは取引の常道ではあっても、本件各土地につき地目変更登記を了することが本件各売買契約の内容となっていたとは、或いは原告がそのように認識していたとは考えられないこと、等からして、《証拠省略》中の前記請求原因四項の2の(一)、(三)の事実に沿う供述部分は到底信用できないものである。

要素の錯誤に関する主張は理由がない。

三  請求原因五項の「隠れた瑕疵」の主張について判断するに、同項の1、2の各事実については当事者間に争いがないので、以下抗弁について検討する。

《証拠省略》によれば、抗弁二項の1の事実を認めるに充分である。すなわち、右各証拠によれば本件各土地は昭和五七年五月七日付で訴外株式会社同朋舎出版に売却され、右会社は同月二六日に京都市に対し文化財保護法五七条の二による届出をなしたところ、京都市は即刻(同月三一日)に試掘調査を行なって埋蔵文化財のないことを確認し、その結果右会社は同年六月二五日に建築確認申請をなし、同年一〇月三一日本件各土地上に延床面積九一五・六八平方メートルの鉄骨造二階建の倉庫を建築したが、右建築にあたり文化財保護法による条件を付されたり、規制を受けたことはなかったこと、本件各売買契約は本件各土地上に分譲住宅を建築する目的で締結されたが、右建売住宅建築にあたっては右訴外会社建築の鉄骨造二階建倉庫の建築についてと同様の過程を経たであろうと充分推認されること、以上の各事実が認められることと、文化財保護法による「周知の埋蔵文化財包蔵地」として受ける規制は、都市計画法の市街化調整区域などの規制と異り、当該土地上に建物を建築する場合に常に障碍となるものではないことからすると、本件各土地が前記文化財保護法による規制を受ける対象地であったとしても、本件各売買契約はその目的を達するのに充分であるといわねばならない。被告の抗弁二項の1の主張は理由がある。

四  以上によれば原告の本訴請求は理由がないのでこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 永井ユタカ)

〈以下省略〉

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